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米国は経済封鎖のあと最後通牒を発し日本を追い詰めた。戦争回避の条件は満州からの撤退。日本の呑める条件で無かった。米国は日本の台頭を危惧し、無理難題を押し付け臨戦態勢に入った。日本の選択した唯一つの道はハワイの艦隊を全滅させ太平洋の制海権を得ることだった。米国の力が強大なことは分っていたが他に方法が無かった。
満州国さえ無かったら戦争は回避できた。しかし満州国は共産革命の東アジア侵入阻止の要であり、多数の入植者と満鉄その他重工業の投資を考慮すると引き下がれぬことは米国も承知していた。米国の無理難題が戦争の引き金だ。
日本にも無論責任があるが、米国の責任も大きい、しかし勝てば官軍。戦勝国のご都合により歴史が歪曲されていることは疑いない、戦争裁判で有罪処刑された指導者が居なくとも戦争は回避出来なかったと思う。
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>>1
>経済封鎖のあと
これは石油禁輸の事でしょうか?だとしたら、日本軍の南部仏印進駐という侵略行為に対する経済制裁だと思いますが。
>最後通牒を発し
ハルノートの事ですよね?その第一項が
「アメリカと日本は、英中日蘭蘇泰米間の包括的な不可侵条約を提案する 」となっていますよね。あなたの言うような最後通牒ではありませんよ。最後通牒というのは、「国際交渉において最終的な要求を提示し、それを相手国が受け入れなければ平和的な交渉を打ち切る意思を表明すること。(Wikipedia)」ですが、そのような文言はハルノートの中に見あたりません。
>日本の選択した唯一つの道は
日本側にも臥薪嘗胆(これも語句の意味からすれば使い方を間違っていますが)を選ぶという選択肢がありましたし検討もされていました。戦争が「唯一」の道ではありませんでした。
>満州国さえ無かったら戦争は回避できた
作ったのは日本でしたが。
>満州国は共産革命の東アジア侵入阻止の要であり、多数の入植者と満鉄その他重工業の投資を考慮すると引き下がれぬことは
「入植者と重工業投資」などは、人から奪い取った土地に日本が勝手に持ち込んだものです。ですよね。それと、「共産革命」なら毛沢東の共産党が満州以外でも勢力を伸ばしつつありましたが。そもそも共産革命の流入防止のために満州国をでっち上げたんでしたっけ?
満州国の経営に手違いがあったのは現実なんですよね。
何しろ、満州国には国籍法が存在しない(厳密に言えば国家元首1人だけが国民で他は全て外国人)でしたから。
アレでは戦争の遠因になりかねない手際の悪さですよ。
>日本軍の南部仏印進駐という侵略行為
ナチスの傀儡政権とはいえ、当時のフランス・ヴィシー政府との交渉の末の進駐だから、
侵略ではないでしょう。侵略というのは、「仏印」など東南アジアに植民地を広げた欧米列強を中心とした19世紀からの帝国主義のことをいうのですよ。
4です
>>2
>「入植者と重工業投資」などは、人から奪い取った土地に日本が勝手に持ち込んだものです。ですよね。それと、「共産革命」なら毛沢東の共産党が満州以外でも勢力を伸ばしつつありましたが。そもそも共産革命の流入防止のために満州国をでっち上げたんでしたっけ?
まず、満州は満州国建国以前は無主・無秩序の地域でした。
つまり、日本のでもなければ、欧米のでもなく、ましてや中華民国でもないのです。
中華民国は満州における主権を、主張していたに過ぎず、実際に統治はしていませんでしたね。
だから国民党は「北伐」という領地拡大をしていたのですから。
そもそも中国は易姓革命や王朝のある時期で、支配民族や領土範囲の変動が激しく、思想的には我が全世界の中心(中華)としてる節が悠久の歴史より受け継がれています。彼らの主張に純粋に頷いてると埒が明きません。
つまり、無主の地である満州を、関東軍と国民党軍との取り合ったのが満州事変で、侵略とはいえません。
侵略は、事実ではなく、中華民国の主張にすぎないのです。
満州に在ったのは、張作霖などの北洋軍閥(奉天派)と日露戦争終結の然るべき条約にてロシアから引き継いだ日本の権益でした。また、前者は後者と支持と安全保障によって利害を一致させていました。関東軍は北洋軍閥とは別に満州での権益保護を目的として存在していたのです。しかし張作霖は、南満州鉄道の併行線をつくるなど権益を脅かしはじめ、あるいは満州の基盤を確固たるものにしたい現地の関東軍将校に、北伐から撤退してくる張作霖を独断で暗殺されるに至り、張作霖に代わる権益の安全保障の補填として、満州での関東軍を増強することになります。さらに「共産革命」の抑止のためにも。
ここでいう「共産革命」とは主に毛沢東のそれではありません。
寧ろ日本側からすれば、毛沢東は眼中にあまりあらず、蒋介石が主です。そしてもうひとつ。ソ連です。
ソ連こそが「共産革命」の親玉であり、ソ連は満州北部に隣接しています。満州はソ連に対する防共地帯だったのです。
現にソ連軍と関東軍との国境紛争が満州にて幾度に渡り勃発していました。
張鼓峰事件、ノモンハン事件など。前者にいたっては外交努力もあり欧米からも支持を取り付けました。
つまり、満州国に反対した国際連盟を主に構成する欧米各国は、満州における日本の行動に一定の理解を示していたともいえます。
>>4>>5
>ナチスの傀儡政権とはいえ、当時のフランス・ヴィシー政府との交渉の末の進駐だから
傀儡政権との「交渉」では、そもそも交渉の意味がありません。また、ヴィシー政権自体国際的に承認されていたわけでもありません。南部仏印進駐は侵略として間違いありません。
>侵略というのは
わたしの立場は、欧米のした事も侵略ですが、日本のした事も侵略です、というものです。どちらも現地の人々、つまり本当の意味での主権を持った人々の意志に反して行われた物だからです。
>まず、満州は満州国建国以前は無主・無秩序の地域でした
リットン報告書では満州に於ける中国の主権を認めてましたが。あの「日本に対して最大限配慮した」リットン報告書が、です。
>中華民国は満州における主権を、主張していたに過ぎず、実際に統治はしていませんでしたね
それは日本の侵略を正当化する理由になりません。統治していようがいまいが、主権を持った国の一部に対する内政干渉という名の侵略である事に変わりはありません。
>侵略は、事実ではなく、中華民国の主張にすぎないのです
国際連盟は侵略であるとしました。中華民国の主張にすぎない、わけではありませんよ。
>満州に在ったのは、張作霖などの北洋軍閥(奉天派)と日露戦争終結の然るべき条約にてロシアから引き継いだ日本の権益でした
リットン報告書ではこの「日本の権益」を認めていますね。しかし、ロシアとの条約で得られたその利権とやらを認定した条約には、その地の主権者であるところの中国は関与できませんでした。
あなたは「欧米列強を中心とした19世紀からの帝国主義」を侵略と呼ぶ、としているのに、なぜこのような帝国主義的侵略行為は免責してしまうのですか?
>満州国に反対した国際連盟を主に構成する欧米各国は、満州における日本の行動に一定の理解を示していたともいえます。
はい。そしてその国際連盟は、満州国建国にまつわる日本軍の行動を「侵略」としたのです。
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