1.
受け入れるか否か
VANILLA 2008年06月25日 11時42分 ID:iYehU6hwUo
日本語が乱れているとよく耳にしますが、日本語は変化しているだけ。
「今の若者は〜」「若者言葉は〜」実はエジプトの壁画にも書かれていたこと。
たとえば「ら抜き言葉」は「乱れ」の代表格として取り扱われますが、
「見れる」「食べれる」などは非常に合理的な「変化」だと思います。
「見る」「食べる」には受身の形と可能の形が「見られる」「食べられる」で被っているわけですが、
「見れる」「食べれる」ということで可能の形を独立させ、誤解を与える可能性を減らしたわけです。
「サラダを食べられる」では自分のサラダを他人に食べられたのか、
自分自身が苦手を克服してサラダを食べることができるようになったのか、一目では分からない。
ところが、「サラダを食べれる」と言えば、どう間違っても受け身としては取れないから、
可能の意味として自分がサラダを食べることができること意味していると一目でわかる。
要はそれを受け入れられるのか否かという問題でしょう。
そういう意味でわんちゃんさんの
>時代とともに日本語も変化しますが、これだけは許せない、止めて欲しいと感じるものを挙げてください。
という表現は的確に的を射ていると思います。
1.
papilio 2008年06月25日 12時14分 ID:cqBduBurRQ
「見る」は上一段活用なので「れる」をつけても違和感はありませんが、
下一段活用の「食べる」に「れる」を接続させると日本語として著しい違和感があります。「a e e u」という母音の並びが不快です。
また文脈によって受け身・尊敬・可能・自発の判断は必ずできるものなので問題ありませんし、
むしろその識別・使い分けに日本語使いの奥ゆかしさを感じます。
他人が使うのにケチはつけませんが、私は恥ずかしいので使えません。
一方、乱れる言葉の例としてたくさんあがっているスラングは、まぁ、いいでしょう。
私も含めた一般人がちょっとした遊び心で使うだけですし、恥ずかしくなればすぐにやめます。
下らない死語もたくさんあるじゃないですか。目くじらをたてるものでもありません。
でもマスコミが無理矢理流行らせる言葉には最初から嫌悪感を感じます、「スイーツ」とか、「KY」とか、
「アベする」に至っては見事に朝日新聞さんが墓穴を掘って「アサヒる」にとってかわられましたね。
2.
helon 2008年06月25日 21時55分 ID:KJzgzOMPac
おかしな用語って案外ありますよ。
原油生産とか産油国ってマスコミで良く使う言葉ですが。
「原油汲み出し国」はあっても生産してる国は無いのでは?
3.
komatsu 2008年06月27日 14時43分 ID:0Pq/jWMZYQ
>あなたが気になる日本語(および表現)はどういったものでしょうか
マスコミの「日本中が待っていた」など等、国民を一括りにする表現がとても嫌ですね。
スポーツなら盛り上げようとか、物品なら流行らそうとか意図がミエミエで。
マスコミは、他人である視聴者の代表や仲間にでもなったかのような表現は止めてもらいたい。
公器であり権力なんだから、事実を言葉や映像で淡々と伝えてもらいたい。
4.
わんちゃん 2008年06月27日 21時58分 ID:wa8oEDv3MQ
日本語は確かに変化しております。
ただ、やっぱり個人的に受け容れられないなぁと感じる表現もあります。
日本語として綺麗か、表現として美しいか、語感が良いかなど
美的センスさを求めるのは個人的な願望ですけどね。
特に異性や初対面の方と接するときの言葉遣いはやはり気になりますね。
これも極めて個人的な意見ですが(苦笑)
マスコミから発信の言葉には嫌悪感は全く同感です。
最後に、、、最近気になっているのは「最大級」って言葉。
地元の看板でもよく見かける。
県内一、日本一、県内最大、日本最大と断言できる自信が
ないからでしょうけど、、「最大級」って曖昧すぎます(笑)
最大の「級」の定義がどこにも無いですからね。
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